大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和55年(ラ)532号 決定

抗告人

三野純一郎

抗告人

太田利治

被相続人金明守相続財産管理人

抗告人

大島こと

金信行

破産者(免責申立人)

西崎健男

主文

本件各抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人らの負担とする。

理由

一本件各抗告の趣旨と理由は、別紙記載のとおりである。

二当裁判所の判断

一件記録によると、次の事実を認めることができる。

本件免責の申立人である破産者西崎健男は昭和四二年三月まではニッソ株式会社に勤務するサラリーマンであつた。同人の父西崎久太郎は当時従業員六名を使用して恒和紙管という商号で紙管の製造販売業を営んでいたが、病気のため営業不振に陥つていたうえ、昭和四二年三月従業員が交通事故を起こし、負傷して入院した。このため久太郎の右営業の経営状態は更に悪化した。そこで申立人はサラリーマン生活をやめ、久太郎の個人営業である恒和紙管の営業を担当することになつたが、営業成績は向上しなかつた。昭和四四年六月二日ころ破産者と久太郎は有限会社恒和紙管工業所(以下「会社」という。)を設立し、右両名が取締役に就任したが、その営業基盤は久太郎の個人営業当時のものをそのまま引継ぎ、従業員、営業資産、設備等も個人営業当時と同じものであつた。ところが、会社として営業をするようになつても、営業不振が続き、旧債務とその利息金支払いのため、雪だるま式に負債が増大し、いわゆる自転車操業を余儀なくされ、結局、昭和五一年六月会社は手形不渡りを出して倒産した。破産者は、右倒産当時において、久太郎個人営業当時の負債についても、会社の負債についても、すべて個人として保証又は債務引受をしていた。

会社倒産後破産者は妻を手伝わせて細々と紙管の再生運搬等の仕事を続け、少額ながらも月々負債の返済に努力していたが、営業不振のため結局昭和五三年八月廃業し、同月二一日から池田鉄工株式会社に運転手として雇用された。しかし、破産者は、債権者からの債権取立てのきびしさに耐えかね、昭和五三年一〇月一一日大阪地方裁判所に自己破産の申立をし、同裁判所は昭和五三年一一月二九日午前一〇時申立人に対し破産宣告及び同時廃止の決定をした。破産宣告当時における破産者の負債総額は約八五〇〇万円であつたが、破産財団は破産手続費用を償うに足りなかつた。

破産者の負債の大部分は、久太郎の個人営業当時負担した債務及び会社が負担した債務に起因するもの(形式上は破産者の個人営業当時に借入れたことになつていても、旧債務を切り替え又は借り替えのもの。)であり、破産者の個人営業となつてからの実質上の負債は僅少である。破産者はその個人営業(昭和五一年七月から同五三年八月まで)について、法律の規定により作るべき商業帳簿を備えず、財産の現況を知るに足りる記帳をしていなかつたが、これは破産者の無知、無能によるものであり、自己もしくは他人の利益を図るとか、債権者を害する目的とかの作意的意図に出たものではない。破産者の右個人営業は、一般通常サラリーマンの得る給料程度の収入しか得られない極めて零細な営業であつたのであり、破産者は、商業帳簿作成の基礎となる収入に関する納品書、仕入先からの請求書、銀行の当座勘定帳等は保存してある。

破産者は、破産宣告を受けた後も債権者からの取立てがきびしく、そのため一家(自分と妻及び子二人)の生活が危機に瀕したため、昭和五三年一二月二六日大阪地方裁判所に本件免責の申立をし、同裁判所は破産者を審尋し、異議申立人及び破産者の意見を聞いたうえ、破産法三六六条の九所定の免責不許可事由がないものと認め、昭和五五年九月一八日、破産者に対し免責の決定をした。

以上の事実を認めることができる。

右事実によると、申立人が商業帳簿を備えず財産の現況を知るに足りる記帳をしなかつた行為は、破産法三七五条四号に該当し、同法三六六条の九第一号の免責不許可事由があることになるが、そのほかに同法三六六条の九所定の免責不許可事由がある事実は認められない。

抗告人らは、申立人が商業帳簿を備えず財産の現況を知るに足りる記帳をしなかつたことは、破産法三七四条号のほか三七四条三号にも該当する旨主張するが、同法三七四条三号に該当するためには、法律の規定により作るべき商業帳簿を作らず、これに財産の現況を知るに足るべき記載をしない等の行為が「自己若ハ他人ノ利益ヲ図リ又ハ債権者ヲ害スル目的ヲ以テ」された場合でなければならないところ、破産者の法律の規定により作るべき商業帳簿を作らず、これに財産の現況を知るに足るべき記載をしなかつた行為が自己もしくは他人の利益を図り又は債権者を害する目的でされた事実は認められないから、破産者の右行為は破産法三七四条三号に該当しないものといわなければならない。

また、抗告人は、破産者に破産法三七五条一号所定の「過大ノ債務ヲ負担スル」行為があつたので同号に該当する旨主張するが、同号に該当するためには「浪費又ハ賭博其ノ他ノ射倖行為ヲ為シ因テ」過大の債務を負担した場合でなければならないところ、破産者が浪費又は賭博その他の射倖行為をした結果過大の債務を負担した事実を認めることはできないから、破産者に破産法三七五条一号に該当する行為があつたということはできない。

ところで、破産法三六六条の九に「裁判所ハ左ノ場合ニ限リ免責ノ不許可ノ決定ヲ為スコトヲ得」と規定されているところからすれば、同条所定の免責不許可事由に形式上該当する場合であつても、それが軽微である等の事情の存する場合には、裁判所は破産者に対し免責を許可することができるものと解すべきところ、破産者が現在負担している債務の大部分は父久太郎が個人営業当時負担した債務及び会社が負担した債務に起因するものであり、破産者の個人営業に伴う債務は僅少であること、破産者の個人営業は通常一般のサラリーマンの給料程度の収入しか得られない極めて零細規模のものであつたこと、商業帳簿の不備は破産者の無知、無能に基づくものであつて作意的意図に基づくものではなかつたこと、商業帳簿作成の基礎となる書類の大半は保存されていること、その他記録にあらわれた一切の事情を総合勘案すると、当裁判所は、破産者に右の如き商業帳簿不備の事実があつても、破産者に対し免責の決定をするのが相当であると認める。

したがつて、原決定は結論において相当であり、本件各抗告は理由がないからこれを棄却し、抗告費用は抗告人らに負担させることとして、主文のとおり決定する。

(川添萬夫 菊地博 庵前重和)

〔抗告の趣旨〕

原決定を取消す。

破産者西崎健男よりの免責申立を却下する。

との御決定を求む。

〔抗告理由〕

一、原決定は破産法第三六六条の九の規定に依つて免責不許可にする事由ないとの理由にて免責の決定をされましたが以下の事情により右決定は取消さるべきものと信じます。

(1) 破産者は有限会社恒和紙管工業所の名の下に紙管の製造販売を為し来り、其の債務については連帯責任を持つていたのであるが、其の取引について仕入帳、売上帳を備えざりしことは破産者の認めている処である商人として、営業するに当り商品の仕入、売上帳は絶対に必要なる帳簿である。此の設備のないことは破産法第三七四条同三七五条に違反するものであり免責されるものではない。

(2) 債権者である抗告人等は何れも相当多額の債権を有するものであり、破産者が抗告人等より債務を負担した事情は原審に於て異議申立並に上申書として陳述しています通り取込詐欺的の行為によるものである。

其の額は数千万円に達するものである。破産者が自己破産を為したる事情に依つても判明する如く配当する資産は全くなく破産を廃止された程であり、右破産者の行為は破産法第三七五条一の内過大なる債務を負担したものであることは明確な事実である。

二、以上の如き事情にある本件について善良なる者が、サラ金を借り受け其の不当なる取立にあつて困窮のあまり自己破産の申立を為し更に免責の申立をする場合とは同一視することは絶対に許されるべきものでない。

依つて原審の決定を取消され破産者の免責申立は却下する御裁判を求めます。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例